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Tomoko Kuroda
京都の宮下靖子バレエ学園で9歳よりバレエを始める。2001年から数度へ渡ってNY研修を得て、2006年カナダはウィニペグへ渡りRoyal Winnipeg Ballet Schoolのサマーコースに参加したのち、カルガリーのStarchevski School of Balletにてバレエ教師となる。2008年に日本帰国後は、ヨガとバレエの振付・指導をしつつ自身も踊っている。 メールアドレスdancinglife@live.jp カテゴリ
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はじめて見たのは白黒の写真で。 二回目は数十年前の世界バレエフェスでの写真を本屋で見つけた時。 写真なのに、動いてる様な生命が吹き込まれた一つ一つのポーズ。 カナダに行ってる間に日本のバレエスタジオが彼女を招致したが体調不良でキャンセルになった事を知る。 2008、NYで彼女のいるスタジオを探し、ようやく目にした。 60歳になろうとする彼女はいまだ写真で見た通りの妖精のまま。 彼女のクラスは他のクラスとは一線を画すもの。 たとえば説明が上手、テンポがいい、見る目がすごい、見本が綺麗、とにかく面白い。いい教師の条件とは色々あるが、彼女にそんなものは必要なく、その存在、空気感だけで大きな何かを生徒に与える人だった。 頭の先から足先手先まで完全なるバレリーナ。 また必ず、と誓って帰国した一年前。 ”今日歩いた道は二度と来ない昨日となる”という近所の神社の言葉が突き刺さる。 Ms.Eva Evdokimova 心の底から感謝と敬愛を。 バレエをダンスを愛して精進する事をまた深く確認しました。 Rest In Peace ![]()
昨日、友人3人で食事をしていました。 二人とも目標を持っていて志があるのだけどその一人が、キャリアがない、もう少し自信がないという理由でやりたい事を手の中で温めているという話をしていて私は背中を押した。 キャリアじゃないし、(彼女がやろうとしている物作りの作品を)初めて見た時に素敵だと言ったのは素直な感想だから、できるかどうかではなくやるかやらないかだと。 そんな事を言った私だけど、今日、次は私がそうなった。 私は結構思い切ってやりたい事をやってると思っていたけれど、友人(外国人ダンサー)の物差しは私の何倍も長かった。“条件がたとえ難しいものだったとしても、ストレートに思ってる事を言って、自分の望む道を開くんだ。そうすれば踊る事だけにフォーカスをあてれるようになる”と。 強い友人を目前に自分の弱さを痛感したのと、自分ではない他の誰かが自分はできると信じて必死で助言してくれることに感動した。 男性ダンサーと女性ダンサーの活動のしやすさは日本では顕著に違うのだけれど、それを抜いても私は物差しをもっと伸ばさないと考えるだけで終わってしまいそうだ。 何度も同じ事思ってるはずなのに。 優しい言葉をかけてくれる人よりも、きついきつい一言を正直に言ってくれる友人と言うのは生涯の宝。 そんな風に思いながら、よっしゃと気を引き締めてチャリンコ走らせて帰りました。
久々に、ていうか、、生まれて初めてではなかろうかと言うくらいきついバレエクラスを受けてきました。 先生はウクライナ出身女性。 やばい。ややこしすぎて、長すぎて覚えれない+体が動かない+根性がついてこない。 毎回受けてる人は、必死ながらついていく。私、だめ。 これになれたら絶対成長できる。 一歩上を見たからにはそのまた一歩先へ行かぬ手はない。 頑張るか・・・ とりあえず早く寝よ。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
何でもないけど特別なものたち。 何かの拍子に見つけ出しては改めて感じるもの。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() To be continued. 新たなジャンルに挑戦しました。今までネオクラシックというクラシックの動きを多く使うけど元々ある作品ではないオリジナルをずっと踊ってきましたが、興味のあったけどあまり好きになれそうになくて食わず嫌いをしていた“コンテンポラリー”に足を踏み入れました。 多国籍なメンバーだったので意思疎通から大変。ディレクターへの不満を全員が持っていて衝突したり、抜ける人が出たり。とにかくリハーサルはいつもイライラする事ばかりで、それプラス動きになじめない私にとってはつらかった。 決められた振りは大丈夫だけど、即興という音を聞いて自分で感じるままに動く事ができない。考えすぎてはたから見てばればれな動き。さすがに半泣きになりました。 本番当日まで振りの確認を全員がしている状態で幕はあきました。 人間の集中力と言うものは、極限の状態になった時に最高潮に達するようで、ダンサーたちの団結力はすごかった。もちろんダメだしするとところはたくさんあったし、もっとこうしてたらいいものいなったという反省点はたくさんあるけれど、幕が降りてこんなに嬉しかったのはどれくらいぶりでしょう?? 自然と涙が出て皆で抱き合って、ホッとしたのと楽しかったという快感と、いろんな感情が交じってなんとも言えないひと時でした。 食わず嫌いで近づかなかったものに、ドアをノックして扉を開いてしまったからもう後には引けなくて、必死にならざるを得ない状況でした。 真剣にならないとその本質が見えないから、その時はつらかったけど後から考えるとやはりよかったと思います。 食わず嫌いが食って好きになっちゃいました。
大阪の豆まきに行ってきました。 厄払いに・・・ 母と。 近所の不動尊が結構大きくて芸能人が結構来てました。 宮川花子と娘(名前わかんない)、おさむちゃん、板東英二、まなかな、吉田栄作、橋下知事などなど。 それは楽しんだのですが、そして、せっかく並んだのに全然豆が届かない。すると、ほんとに顔がちっちゃくてクールで男前だった吉田栄作が唯一遠くまで投げてくれてこっちにもきそう!!しかし野球投げをするので恐ろしい、皆思わずのけぞってよける・・・そして、顔を直撃。痛かったけどちょっとうれしくって、一応私もニット帽を上にあげていたけど、大阪人おばさまおじさまの気合いに私の様なものが勝てるはずもなく(すぐ近くにあったテレビカメラに競い合ってるのが万が一映るのだけは避けたかったというのもあり)一つも取れず・・・ しかし最後にやりました。たった一個。しかも吉田栄作バージョン。彼の投げたのしか届かなかったのですが、それが一つだけうまいこと小さな帽子の中に入ってくれました。 しかしその直後突然視界が広がって、あれ?と思ったら将棋倒しが始まっていて、よけようにも人ごみでよけれず私と母も倒れ・・・それは恐ろしい光景でした。 もちろん無事。でも無事でなかった人もいて救急車出動(お年寄りがメインだったからね)。 ラッキーアンラッキー両方ありましたが、とりあえず厄は払ったと信じて帰った翌日、早速運がやってきました。 ヨガの教えのクラスにチャリを走らせていたら、頭に何か感じた。恐る恐る手袋で頭をなでると・・・ちゃんとべったりついてました、鳥のウン〇。 運がいいのか悪いのか、厄は払われたのかついたままなのか、よくわかんないけどもとりあえず鳩じゃなかったのですぐ取れたけど、、、 ちゃんと恵方巻きを東北東を向いて食べました。 完璧。
数年前、世界で最も有名なバレエ学校“ワガノワバレエ学校”のドキュメンタリーが放送されました。バレエファンなら見た人も多いでしょう。 卒業公演を控えたクラスに焦点をあて、二人の突出した生徒についてでした。ビデオも撮ってるし、とても印象的でよく覚えていたその映像。 今日、自分の公演のリハーサルを終えて教えのクラスへ向かっていると梅田で外国人の集団(5.6人)がいました。 そしていたのです、その二人のうちの一人が!!! あまりに見覚えのある顔なので一瞬じーっと考え込んですぐわかりました。でも彼女は大きなバレエ団への入団を断って小さなカンパニーにソリストとして入ったというところで放送は終わったはず。 そんなカンパニーが日本へ来るか??と思い、すぐパソコンで調べました。 大阪、神戸に来日してるバレエカンパニーを。そしたらすぐにでました。 “レニングラードバレエ団” 私も小学生のころ見に行ったことのある有名バレエ団。しかし、そのHPを見ても写真付きのソリストの欄に彼女らしい顔はなく、その他は写真がないのでわからない・・・ というわけでいろいろ検索して彼女の名前を探しました。 エカテリーナ・ボルチェンコ この名前、兵庫県立芸術文化センターの公演予定で唯一書かれていた名前・・・つまり主役です。 最近ベラルーシ国立バレエから移籍したものかと思われます。 ちょっと調べれば、いろんなコンクールで入賞していることがわかり、そんなに成長したんだ・・と偉そうにも感慨深くなりました。 どんな血のにじむような努力をしたのかは想像もできない。 とにかく、びっくりするほど背が高く、そのくせ私の二分の一かという位の顔の小ささでした。 話しかけるべきだった・・・彼女の小学生の頃の映像も持ってるのに・・ 明日、神戸での公演です。 いつか見に行こう!! 2009年が始まりました。私の方は4日からコンテンポラリーダンスのリハーサルに入ってます。 ずっとクラシックバレエ一本でやってきましたが、日本に帰って来た時にやると決めていたコンテンポラリー。 これがまた難しくって・・・・ コンテとは?とは一言では定義づけれないもので非常に広範囲でクラシックの様に決まりもない。故にダンスのベースがなくてもできるし、大人になって初めてプロになってる人もたくさん。 てことはダンスのベースがある私ならすんなり入れるはず。 などという甘い考えは見事に崩れ去り(そんな風に必ずしも思っていたわけではないけど)。 決められれていない事を作りあげるというのがどんなに難しいかとひしと感じている。 特に“即興”で踊る事が今の私のネック。 あれだけ体を使ってトレーニングしてきたのに、フリーと言われると動けない自分に呆れてしまう。 あるものを目指す難しさ、一から作り上げる難しさ。 私は後者の方にまだ躊躇があるみたいでスパッと抜けていない何かがある。 早くも向いてね~!と思ったりもしたけども、新しいことへのチャレンジは喜ばなければ。 半泣きで今日はできないと言い出す自分に驚きつつも、もうパフォーマンスまであと一か月を切ってるのでやるしかない。という感じで今日もリハーサルに行ってきます。
関西では名の知れたバレエ団の公演を見に行ってきました。 そこのバレエ学校出身の私は知ってる顔がいっぱい。ずいぶん少なくなりましたが同期や先輩、後輩が今も頑張っていました。 急きょチケットを取ったので、二階席での観覧。これがまたよくて、全然遠く感じずに、かつ全体が綺麗に見えたのでむしろS席よりよかったのでは?と一緒に行った友人と話したほど。 いつも舞台は勉強の場ですが、この舞台は本当に色んな事を学びました。 遠くから見てると、個々の癖が顕著にわかる。ちょっとして首の使い方、アームス、表情。 口だけで笑ってる人はそれが後ろにもそう伝わるし、目線だけで見て首がついてない人も顕著、アームスに関してはシンプルな人ほど美しい。大げさな人ほどバサバサして下品。 わかっていた事だけど、ここまで見えるとはと今日は思った。 皆上手だけど、ソリストの上にいる人は、デコルテ、首のラインが綺麗で見てる方が気持ちがいい。この世のものではない雰囲気を出せるのはそういう人。 張り切って頑張ってるのが見える人は見ててしんどい印象。 演技のいる演目に関しては、後にいる客(踊り手の表情が見えない)には細かい細かいこだわりが大きな違いとなって出てくるのです。 大きな役をもらってるのに自信がない人が一目見たらわかりました。(知り合いだったのですが、、) 舞台って怖いな、って思ったと同時に、生きた総合芸術“バレエ”の素晴らしさを改めて感じずにはいられませんでした。 終わったばっかりだけど、踊りたい! ![]() 紅葉シーズン、京都は悲惨なほどの人で嫌気が毎年さしているのですが、人のいない寺と言うのを見つけ、少し落ち着く時間も必要だと思い、翌日早起きして仕事前に一人で行ってきました。 そこは日向大神社といい、有名な南禅寺の近く。 本当に人が少なくてゆっくりと、じっくりと控え目な紅葉を立ち止まって感じれる場所。 そこから少し山を上ると「天の岩戸」という大きく、中を歩いて通れる岩があり、これをくぐり抜ければ開運・厄除けの御利益があるといいので行ってみた。かなり薄暗くて怖いのですが、後を振り返らずにゆっくり歩いて効能を信じて潜り抜け、戻ればいいものを“南禅寺方面”という矢印があり、それは山を歩いて超えないといけないものなのに、好奇心が買ってしまってどう考えても買い物行くような格好をしているスカートにブーツの私は一人で入って行った。 そこから30分、気持ちよい空気を吸って、シンとした自然を感じて最高の気分だった後には恐怖がやってくる。途中道が分かれてるのを不安に感じながら勘で進み、時には立ち止まって後ろを振り向き、誰もいない事を確認。 その時初めて「私ってすごい無防備、、」と気づいて怖くなる。 だけど最後にはお教が聞こえてきて南禅寺が見えてきたのでウキウキでラストの道を歩いてるとそれはやってきた。 一匹の大きなハチ。 すっと避けて通ると目の前に5,6匹、そして右手の倒れた木に数十匹(50匹位)。 “まずい” と思ったけども、もうゴールは目の前なのに引き返すのはいやだという思いも一瞬で出て、強行突破。全身黒で黒の帽子まで被っていた私にハチさん達は当然寄ってくる。。。 まずいと思ったと同時に、悔やむ。誰にもここに来る事を言ってない、、、そこで頭をよぎったのが、その日の夕刊ニュースの見出し(想像上)。 “京都の山中で女性がハチに襲われ死亡、発見遅れる。” 幸い、7,8匹のハチさん以外は木の方に何かあってようでそっちに夢中だったので無事突破。前から歩いてきたカップルを制して行かないよう指示。彼らはおののいてそれがスズメ蜂だと知る。恐ろしかった、、、 皆さん、一人で山登りはしないようにしましょう。(普通しないって?) 久々なのにくだらないですが、忙しさにかまけてすっかりご無沙汰でした。
今、私はお尻に火がついています。 なんと時間のかかる事かと自分でも思うけど、今火をつけて走らないと終わるという気持ちで。 それも神様からの贈り物である(と信じてる)一人のダンサーとの出会いがきっかけです。不思議な出会いと言うものは本当にあるもので、彼の話を聞き、踊り、ディスカッションする中で自分の中で考えること、まとめること、反省する事、ここ最近脳みそフル回転。 その他にも離れている人からの近況報告、負けてられないという思い(今はライバルだと思ってるから)。 周りの人に、“もったいない”と言われるのはもう嫌で、“本当にやる気?”と止められる位のものに挑戦したいと思い出した最近。 教えると言う事は本当に素晴らしい事で、大好きです。 全くダンスに精通していない人に、バレエの素晴らしさを大人になってからでも伝えて、その人の喜びにして欲しいという思いが強くあります。 だけど、やっぱり自分が踊れるうちに精一杯踊らないといけないと思ってます。 先日は、Jazz基本のフリースタイルのクラスを受けてきました。 今日は、コンテンポラリーカンパニーのオーディションに行ってきました。日本でそういうのに参加するのは初めてです。しかもコンテは経験ゼロなのに。とにかくどういうものなのかを見るつもりで。 面白かった。難しかった。普通にレッスンを楽しんできちゃいました。 どのクラスを受けても思うのは、バレエがやはり根底にある、ということです。 それから、動くのではなく、踊らないといけない、と言う事。 時に真剣になるが故にパート専念して、それが繋がった時にただのテクニックムーブメントになってる事がよくあります。特に日本人には。。。。 踊るダンサーになりたいのです。何歳であっても。
出会いと言うものは、ひとつの人生を大きく変えるほど大きな意味があると思います。 その中の一つの出会いによって私はまた自分自身の人生を大きく考えています。 自分はずっと頑張ってきたと思っていても、もしかしたらそれは全然なのかもしれないと感じさせられること、自分の踏み込みたい世界は、今まで自分で線を引いてしまっていたけども、実はもっと広く深く万人に向けられているのかもしれないと感じること、この嫌になる位の忙しさの中でもっとしなきゃいけない事が他にあるかもしれないということ、、、いろんな自分への疑問がわいてきた。 今日、京都を歩いていてお寺の前で偶然見たのは、“問う“と言う事は自己発達において、人生において最も重要な事だという意の言葉・・・ 私に疑問をもたらす張本人は、謙遜すると言う事をせず今自分ができる事を大きな声で言える、そして言うのだから出来なければならないと実際にやってのける。そして人にも問いをかけ(この場合私)、驚くほど的確な意見言う。 年齢など関係なく、自分の意志を100%持って生きている人には頭が下がります。 問われて初めて、自分がなんと自己追及できないかと、表面的で具体性がないのかと感じさせられる。 落ち込む暇などない。 もうあまりまわりの人を気にして、自分で自分の物差しを決めないで、やっていきます。 踊らないと腐ってしまう。 動くのではなくて、踊らないと。 Dance For Life ですから・・・
お次はスイスに留学していた女性。 ドイツ語を大学で専攻していたけれど、当然話せるレベルではなかった彼女が交換留学生としてスイス1番の大学に入った時、先生にもクラスを変えたらと言われるほど何もわからない、答えはもちろん問題も、何について話してるのかさえわからないという状態だったと。それは当然で、全員ドイツ語ネイティブの現地人と同じ授業を受けるのだから。それでもあきらめなかった彼女は、一年間を過ごし、ドイツ語を話せるようになって帰ったのだといいます。日本人の友達は大学の先輩以外いなかったから、意思疎通を図るために話せるようにならざるを得なかったと。 四人目の女性はイギリスのロンドンの南の都市へ一年間ボランティアで参加。ボランティア同士が一つの家でシェアをするのですが、世界各国からの人々だけではなく、イギリスで刑務所に入ってる青年も一緒に生活していたと言います。 刑期を終えて、そこでしばらくボランティアをして問題がなければ残り2週間刑務所で過ごしてから出所できるという話。 そういう人たちはやっぱりちょっと悪ぶった感じだったけど、最終的に友達になったそうで、彼女も問題なくそこで過ごしたそうです。 私が聞いた事もないボランティアが存在する話や、行ったことのない国で色んな人が経験をして今日本にいる話を聞く事は大きな刺激になり、どんな事でも自分に自分でラインをひいてしまわなければいつでも挑戦する事はできるんだと改めて感じさせられたのでした。 日々、好奇心は募っていく。 どこにいようと、何歳になろうとも。 # by chelsea-luna | 2008-09-14 22:06
![]() 世界はやっぱり広い。 最近出会った四人の女性から聞いた話にやはり触発されずにはいられなかった。 一人目の女性は、フランスの本当に田舎、パリから電車で5時間ほどの所に一年間ホームスティしていた。山を登らないと家に帰らないので、暗くなるうちに絶対に帰らないといけない。日本人留学生も結構いたけど、彼女は一度もそういう人たちと遊ぶことなく、たった一年の滞在でフランス語を習得したそうです。 フランスファッション、女優、音楽、雑貨、町並。実は私はフランスにとても興味があるのですが、絶対に田舎に行ってくださいと言われました。どんな生活をしていたんだろうと想像するだけでおもしろい。 ![]() 二人目の女性はインドに10か月いてボランティアをしていた。暑い暑いインド、ちゃんとその土地の気候を考えて着るものも作られていて、サリーが最も快適であり着用していたそう。ティッシュペーパーも使わない、ガンジス川では、死体こそは見なかったものの排便も洗濯もしてしまう。 ”おばあちゃんになったらまた住みたい”という言葉から、そこの生活が素晴らしかったのだろうと容易に想像ができた。 この女性はカナダにも半年滞在していたけれど、感想を聞いてみれば“普通・・・”と答えた。当然その人の好みや、そこでどのように過ごしたかにも大きく関係するし、私にとってカナダ滞在は決して“普通“の一言では片付けられない時間だったけど、少なくとも彼女にとってはそれほどインド、そしてその他にもバングラディッシュなどの滞在で経験してきた事がこの上なく大きく意味がある事だったのだそう。 見るべき世界が山ほどあって、想像がどんどん膨らんで、一人でわくわくしてしまう。 未来にそういう体験をしてる自分を見て。
だらだらと続けたNY日記も終了しました(と、今決めた)。 日本に本格的に帰国してやっと落ち着いて仕事を始めてるここ数か月。 最初はかなり大変でイライラというか、もやもやしていたけど、フリーでやるならしょうがない事さと最終的には諦めと言うか度胸が据わってと言うか、家にいる時間が長かろうがあまり気にしないようになりました。 そんな数か月を過ごしてこの頃は逆にめまぐるしく動いてます。 英語に触れたいけど学校には行く気がない私。やっと見つけてあいてる時間にこそっと英語バイトを始めてみたりしたり・・・ バレエに関してはやはり日本はめんどくさくてなかなか自由に好きなようにできないのが嫌だなと改めて思ったりもしてるけど、今は自由にやってます。 クラシック一辺倒だった私ですが、今後はコンテンポラリーを勉強して行こうと思ってた矢先に、スタバで偶然座っていたのがヨーロッパ出身コンテンポラリーダンサー。 なぜわかったかと言うと、バレエ雑誌を見ていたから。しかも少女向けの・・・思わず声をかけて、世間一般には逆ナンと言われてもしょうがないシチュエーションなんですが(カナダでは普通だったからつい声かけた・・・)、結果的にはとてもいい出会いで教わる事が多そうです。 その彼がダンスの話をしている時に、”ぼくたちの生きる道はDance for lifeだよ”と英語で話した時はびっくり、私のブログ見ました?と聞きそうになるのを抑えつつ納得。 日本でもできることはたくさんあるに決まってるから、海外で挑戦しようとした心意気以上のものを持って年齢に負けじと変わる事を恐れずに向かっていこうと思った最近でした。 ![]() 一人でお茶をするのが好き。 カナダでもどこかしらカフェを探しあるき、勉強道具や何やらを持ってお茶をする。それが一人の最大の楽しみ方。 NYにはカフェは星の数ほどあり、なのに行きたい時に限って行きたいような店には会えない。それは自分が人があふれているマンハッタンに常にいたからなんだけど、、、(バレエのスタジオばっかり行ってたから)ある日、なぜかものすごく疲れていて、去ったばかりのカナダから新たな就労ビザのチャンスの話が舞い込んできたりして、動揺と、期待と不安、色んな感情が混ざって、この大都市で一人でいるのがしんどくなっていたのです。 だからとにかくカフェで休憩だ・・・と思って探すけど、例の如くやっぱりない。 ひたすら歩きまくって目についたのが、なんとなくヨーロッパ調のパン屋さん?? 全面ガラス張りで外から見ると、なぜか中にいる人たちが妙に優雅に見えて、すがるように入った。ル・パン・コティディアンというベルギー発のこのカフェは、なんとあっという間にマンハッタンに10軒以上で来ているという。いわゆるチェーン展開であるから、独特ないい雰囲気と言うものはないけども、温かい照明と美味しそうな手作りのパンに、その時の私は引き寄せられていった。 パンを愛する私はさっそくパンを二つとコーヒーを注文。それだけで12ドルほど(チップ込み)するからカナダになれてた私はある意味カルチャーショック! だけど、サーバーはとっても感じがよくて、隣の人が食べてたパンと同じものを偶然注文し、その食べにくさに彼女と笑いながら少し会話を交わして、そういう些細な事でだんだん自分自身も落ち着いていった。 ものがあふれている場所にいる時は、その中で自分の居場所や落ち着ける場所をちゃんと持ってないと、何か起きた時にたちまちしんどくなってしまう。 何とかこうやってバランスをとって、NY一人旅は過ぎていきました。 (写真三枚目、そうとう食べにくかったパン・・) Eva Evdokimova.あまりに有名な世界のバレリーナ。世界バレエフェスティバルの写真集をはじめ、バレエの本には彼女の写真を見つける事は珍しい事ではなく、その姿は写真にさえムーブメントが見えるように滑らかです。 昔のダンサーは特有の癖のある踊りをする人が多かったけど、エヴァの踊りは余計なものが一切なく、本当に妖精が動いているような感じをうけます。 現在は日本でも積極的にワークショップを開く彼女。実は私のバレエスタジオでも去年彼女を招く事になっていたのに、体調不良のため全国のその時期のワークショップはキャンセルに・・・残念(どうせカナダにいたので受けれらなかったけど・・) だから先生にもぜひ受けてきてほしいと言われて今回のNY滞在で受けに行ったのです。 それは、もう、あらわれた瞬間に思った。 “本物の妖精だったんだ・・・” あんなに、もうすべてがバレリーナな人を見た事がない。もちろんジュリーケントや元ロシアのプリンシパルも綺麗だったし信じられないようなスタイルと首の長さだった。だけど、エヴァはレベルが違う。大きい声が出せないのではという位に静的で、品があって、そして今でも完璧かつ美しすぎる見本を見せてくれる。たった1分以内の見本が、ひとつの踊りを見ているような気分になる事も。 一度レッスンをせずに外からずっと見ていた時に彼女のすごさに鳥肌がたった。 そんな彼女のレッスンを、誰でも気軽に受けれるNY。素敵じゃないですか。 ブラウン管を通して憧れてきた往年のバレリーナに、触ってもらってアドバイスをもらえる。 それだけで、もっともっとできそうな気がする。 同じ空気を味わえるだけでいい。 そんな人でした。
NYに来た目的はバレエのレッスン。 たまたま泊まっていたところの家主が私が元いたバレエ学園の人で、アルビンエイリーにダンス留学していたという偶然。 彼女に情報をもらってレッスンを受けに行った。 こんなところにあったのか・・・と思ったそこは綺麗なビル。セントラルパークからも遠くないし行きやすい場所にあるスクール。 綺麗なので少し緊張しつつ入ると、受付の人がとてもいい人だったのでちょっと安心。横通り過ぎる生徒であろう人らはめちゃくちゃかっこいいし、白人よりも南米、アフリカ系の人がやはり多い。ここには真剣に学ぶ、留学生も多いスクールが当然ありますが、そのほかにオープンクラスあるけれど、それはおそらくレベルの低いクラス。 家主さんに聞いて初めて知ったのだけど、留学生らが受けているスクールのクラスは実はオープンとして開放されていて受ける事が出来るとのこと! 先生がいいというクラスを聞いて受けに行った。 やはり通常人が決まっているクラスにひょこっと入るわけだから、いつものオープンクラスとは雰囲気が違う。上から二番目のレベルを受けたのだけど、レベルは低かったけどブラックの男の子が3人もいたし、綺麗なダンサーになりそうだな。。。と思った。ブラックの人たちは美しいし、魅力的だ。 ガラス張りの教室で、差し込む日差しを受けながらのレッスンは本当に気持ち良かった。先生も素晴らしくよかった。(日本語を少し話した) ここはバレエ以外のクラスも多彩なので面白い。いろいろ受けたかったけど、他のスタジオもまわりたかったので諦めて、結局二クラスしか受けれなかった。 二クラス目は男の先生で、あまりじっくり見てくれるタイプではなかった。前のクラスよりさらに白人がいなくて(アジア人は私一人)、雰囲気がやはり違う。バーをしてる段階ではレベルはあまり高くないと思っていたけど、センターにうつって、彼女らの持つ身体能力、条件の素晴らしさはやはり見ていて羨ましくなる。器用に動けなくとも、ラインが美しい。 うち数名は動きも綺麗で、完璧に基礎に沿ったムーブメントを崩さなかった。 アルビンエイリーはコンテンポラリーのカンパニーだけど、こうやって完璧なクラシックの土台を築いてからこその、あのフリーダムな踊りなんだなと改めて思った。 ぜひまた受けに行きたい魅力あるスクールでした。
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